大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)234号 判決

千葉県成田市天神峰三三番地三

上告人

小川嘉吉

右訴訟代理人弁護士

葉山岳夫

一瀬敬一郎

千葉県成田市花崎八一二番地一二

被告上告人

成田税務署長

小笠原久三

右指定代理人

植田和男

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(ネ)第八七六号相続税申告無効確認請求事件について、同裁判所が昭和六一年一一月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人葉山岳夫、同一瀬敬一郎の上告理由について

上告人の本件訴えを不適法として却下した原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張はその前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 林藤之輔)

(昭和六二年(オ)第二三四号 上告人 小川嘉吉

上告人代理人葉山岳夫、同一瀬敬一郎の上告理由

第一、原判決は、以下に述べる理由から憲法第一四条(法の下の平等)に違反する。

一、(はじめに)本件相続税申告の真実の経過は、昭和四四年八月一三日の相続税申告時における成田税務署松戸係長の詐欺・脅迫により上告人代理人が申告書へ捺印を強制されたものであり、意志表示における明白な瑕疵が発生していたものである。しかも、松戸係長の作成した申告書の基準になったのは、上告人代理人の農地を空港予定地として空港公団に近々売却されると仮定し、評価したものであり、上告人の意志とは全く反しており、その後の現実にも反している。松戸係長は、相続税法第二二条の「相続財産は時価で評価する」との規定に反して納税者を欺いたものであり、とうてい許されないものである。

しかも、本件相続の財産評価及び課税方法は、次に述べるとおり、違憲・無効である。

二1、特定地域の人にだけ差別的な課税をすることは、平等原則違反である。

東京国税局管内(東京都・千葉県・神奈川県・山梨県)においては、幾多の「公共事業」が執行され、買収予定地域は多々存在している。しかし、その中から一部の買収予定地域にだけ特別の課税評価をすることは、明らかに法の下の平等に違反し無効である。

東京国税局管内の昭和四四年の相続財産評価基準を定めた「評価基準書」によると、特別の評価基準を指定しているのは、〈1〉多摩ニュータウン、〈2〉千葉北部ニュータウン、〈3〉新東京国際空港の各建設予定敷地の三ケ所のみである。三ケ所のみを特別扱いする合理性はまったくない。東京国税局の恣意的判断によって、納税者の負担を大幅に加重することは憲法第一四条に反し許されない。

2、そもそも、新東京国際空港建設事業において、空港本件地域のみを課税の対象にしたことには合理的根拠は一切ない。

空港公団の工事実施計画は、空港本体・保安無線・航空燈火の三つの事業に分けられている。公団の買収予定は前記三つの事業地域と騒防法による第二種・第三種地域及び騒特法の特別防止地区のいわゆる騒音激甚地区である。空港公団にとっては空港建設のためにはいずれの地域も買収しなければならないし、実際買収作業を進めている。しかるに、本件相続税課税においては、空港本体のみをとりあげ特別の評価基準を設け、その他の地域については、通常の農地の地目別評価に倍率を計算した評価にすることとしている。

このように空港建設事業についてみただけでも本件相続課税の恣意性、不明確性は明らかである。

同一事業において、恣意的に課税基準を決めて、それを適用することにより、納税者の負担を大幅に加重することは法の下の平等に違反し許されない。

3、本件相続課税により、本件農地は空港建設予定敷地外農地の評価額の約三・八倍という高額で評価されている。上告人が空港建設に反対し買収に応じないことが明らかであるにもかかわらず、単に本件土地が空港建設予定敷地内にあるということだけで不平等な課税価格を設定することは、憲法一四条に由来する租税公平の原則に違反する。

4、上告人の相続の前後に空港建設予定敷地内の土地について相続が発生した事例が数件あるが、いずれの場合にも、本件評価基準によらず従来の倍率方式によって評価、申告がされている(例えば成田十余三岩沢庄平等)か、又は無申告のまま放置され(例えば芝山町香山新田瀬利彦助、成田市天神峰加藤つる等)ており、本件評価基準が適用されたのは上告人だけである。

本件事件の根本的原因は、上告人が空港予定地の農地の売渡しを、当然の権利として拒んだことに対して、国側が報復的に差別的な「申告」を強制したことにある。その非は、憲法及び法律に照らしても国側並びに担当の成田税務署長にある。

本件申告は、このような差別的適用がなされている点においても憲法第一四条の租税公平の原則に違反する。

このような重大かつ明白な誤りを裁判所が判断しないことは、原判決が憲法第一四条に違反するものにほかならない。

第二、原判決は、以下に述べる理由から憲法第八四条(租税法律主義)並びに憲法第三〇条(納税の義務)に違反する。

一、本件申告書は、前記第一章で述べたように、成田税務署松戸係長が原告を無視して通達(東京国税局発行「評価基準書」)に基づいて書いたものである。

さらに、上告人が相続財産は農地であり空港とは関係がない旨述べ、松戸係長に書き直すよう求めた際、松戸係長が上告人に通達によって評価基準は決まっていると述べ、上告人の意志をはねつけたのも通達によってである。

このように、通達が上告人に法律のごとく強制されたのは、憲法八四条の租税法律主義の原則に反し許されない。

そもそも通達とは、行政組織内部の行政機関に対する命令であり、国民の権利・義務を定めた法規ではない。最高裁も、「通達は下級行政機関の権限の行使についての指揮であって、国民に対し効力を有する法令ではない。」(最高裁昭和三八年一二月二四日判決、訟務月報一〇巻二号三八一頁)と判示し、通達により国民に納税義務を発生させることは出来ないとしている。

よって、原判決がこの重大な点について判断を欠いたことは、憲法第八四条に違反するものである。

二、一方、日本国憲法第三〇条に由来する申告納税制度は、法的には納税者の申告行為に「納税義務確定」という法的効果を付与する制度である。納税者は、この申告に基づいて納付書で自発的に納期限までに納税しなければならない。反面、自己の申告した分について、別段、税務行政庁から納税通知書などの送付を持って納税するという税法学の泰斗である北野弘久教授は、日本国憲法第三〇条の納税義務について次のように述べている。すなわち、

「納税義務は、税法の規定する租税構成要件(租税要件)を充足する事実の発生により、自動的に成立する。そして申告納税制度のもとでは、納税義務は、納税者の納税申告により、また、課税庁の更正・決定等により、具体的に確定するのである。右の確定行為である納税申告、更正・決定等は、すでに成立している納税義務を具体的に確認する行為にすぎない。税法学の通説的見解である租税債務法理論の視覚から説明すれば、納税申告も更正・決定等も、ともに、税法の定める租税構成要件事実に対する確認行為として、同一の法的性格をもつ。それゆえ、従来の行政行為の瑕疵論がそのまま納税申告行為にも妥当するものとされなければならない。」

(千葉地裁提出甲第九号証『鑑定所見書』北野弘久)

戦後の税制の中で、この申告納税制度が導入(昭和二二年)されたことはきわめて大きな意味をもっている。すなわち同制度は、まずもって日本国憲法における国民主権原理(人民主権原理)の一つの租税法的展開なのである。このほか申告納税制度は、納税者意識の昂揚をもたらすという重要なメリットがある。それゆえ、単に法理論のうえのみならず、政治的に、社会的にも重要な意味を有しているのである。

ところが、税務行政の実務においては、税務行政庁は納税者に対して税務行政庁の基準での「申告」を「強要」するきらいがみららる。まさに本件においても、成田税務署が納税者自身(上告人)の納得のいく申告を認めず、税務署内部の基準に沿った申告を無理矢理、強要したのである。

すなわち、本件申告において成田税務署は、日本国憲法第三〇条に由来する主権者たる上告人の納税者としての権利行使(納税申告権(納税者による納税義務確定権)の行使)を妨害し、剥奪したものである。原判決は、右の点についての判断を回避したものであり。憲法第三〇条に違反する。

第三、原判決は、以下に述べる理由から憲法第三二条(裁判を受ける権利)に違反する。

一、右のように本件で争われている相続税の申告行為は税務署長に対する申告納税方式がとられていることからして、本件訴訟には「処分の取消しの訴えは、処分した行政庁を、裁決の取消しの訴えは、裁決をした行政庁を被告として提起されなければてらない。」と規定した行政事件訴訟法第一一条、同法第三八条が類推適用される。

第一の理由として、申告納税方式においては、税務行政庁が適正な申告が行われたものと判断するかぎり、行政庁(税務署長)の積極的な課税行為というものは存在しない。

したがって、税務行政庁が納税者の納税申告行為に対してなんらの課税処分もしなかったという不作為が、消極的であれ、行政庁の第一次的判断権の行使と解される以上、それに対する不服の申立を認めるのが抗告訴訟制度の趣旨に合致すると思料されるからである。

第二の理由として、納税者による更正請求には期間制度(当時はわずか一ケ月という短いものであった)があるために、申告行為の訂正を争える機会が非常に限定されているとう事情がある。

したがって、納税者が更正請求期間を徒過した時点で、税務署長に対してなした納税申告行為の無効ないし取消しを争えないとすることは、申告自体に納税義務確定効果を認める現行制度の下において納税者に極端な不利益を強いることになり不都合である。

第三の理由として、行政事件訴訟法第三八条一項の規定によって、無名抗告訴訟に関しても、行政権限を有する行政庁の被告適格が認められるようになっており、抗告訴訟制度の活用範囲は解釈上もできるかぎり広くとることが法の趣旨に合致すると考えられるからである。以上の三つの理由から、本件訴えには、被告適格について定めた行政事件訴訟法第一一条、同法第三八条が類推適用されるべきである。

原判決のごとく行政事件訴訟法と民事事件訴訟法をあえて対立させて被告適格を制限することは、行政裁判所が廃止され司法裁判所に一本化された日本国憲法下の裁判制度に反し、憲法第三二条に違反するものである。

二1、原判決は、

「民事訴訟は現在の法律上の紛争の解決、調整をはかるものであるから、過去の法律関係の確認は原則として許されない。」

と判示するが、本件申告から派生している現在の権利関係ならびに将来派生するであろう争いは次のとおり多岐にわたって存在している。

2、第一に、すでに本件訴訟の第一審の結審前に千葉地裁に提訴し、併合申請しながら別件になった昭和六一年ワ第三九号相続税申告国家賠償請求事件が存在している。

すなわち、右国家賠償請求訴訟において上告人は、不動産差押処分取消請求・相続税債務不存在確認請求事件の昭和五九年九月一八日最高裁判決により確定した相続税本税四八五万八、〇〇〇円と、右に対する年一四・八パーセントの割合による延滞税と昭和四四年八月一三日の本件申告以来違法状態の回復のために支出した費用と精神的慰籍料ならびに弁護士費用の合計金一、四八五万八、〇〇〇円とその利息の支払いを、国ならびに中村勲(元成田税務署長)と松戸亮(元成田税務署係長)に求めて争っている。

これは、本件納税申告の瑕疵から発生した現在の権利関係をめぐる争いにほかならない。

第二に、被上告人が不当に差押えた上告人の所有地・山林三五〇三平方メートルの土地(香川郡大栄町新田字道印由台一五五番、同一五六番、同一六七番)が競売にかけられる段階になると、競売処分の取消と執行停止の争いが本件では必然的に発生するし、また競売後も上告人の土地の明渡しをめぐる争いが発生するなど権利関係をめぐる法律上の争いが延々と続くことになる。

したがって、原判決のように

「本件申告から派生する可能性がある現在の権利関係の存否の争いとしては、本件申告に基づく相続税債務の存否の争いと被告が上告人に対して昭和四八年一一月二一日付でした差押処分をめぐる争いが考えられるところ、成立に争いのない乙第一ないし第三号証によれば、右相続税債務が存在すること及び当該差押処分が適法であることについては、いずれもその旨の判決が確定していることは明らかであるから、本件申告の効力の存否を確認することによって解決すべき現在の紛争は法的にはすべて解決済みである。」

とういことはまったくの誤りである。

3、本件では、権利又は法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的な解決をもたらさず、むしろかえってそれらの基礎にある過去の基本的法律関係を確定する方が現に存在する紛争の抜本的解決につながるケースである。よって、確認の利益は十分に認められる本件訴訟に対し、原判決のように確認の利益がないというのは憲法第三二条に規定された裁判を受ける権利すら奪うことになり、三二条の解釈を誤ったものである。

以上、いずれの点からみても原判決は違憲・違法であって、破棄されるべきものである。

以上

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